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四万の奥座敷「ホテルたむら」宿る。

2014.11.22 (土)

たむらの老女将の話
幼少の頃、家族に連れられ、夏休みの間滞在するのが「四万たむら」(当時は賽陵館田村旅館)でした。部屋は襖1枚で仕切られただけ。湯治客は1週間なり、長い方は1ヵ月の間和気あいあいと過ごす。まるで東京の租界(逗留地)のようでした。

私が14代目を継いだ主人に嫁いだのは昭和34年。当時の四万は時代に乗り遅れた、よくいえばのんびりとした湯治場リゾートでした。

四万たむら、四万グランドホテルをオープンしたいまも、旅館の基本は、人と人とのふれあい。
湯治場のおもてなしの心はいまも変わりません。

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ホテルたむらの古風な屋根瓦と紅葉

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たむら自慢の滝の見えるせせらぎの湯
焚きを見ながら湯に浸れるのです。
しかも、紅葉の時期は絶景です。

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四万川の早瀬とたむらの庭のモミジです。

                           
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湯船から見える滝の流れです。

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ホテルたむらの正面エントラス。
萱葺きの千鳥破風と古美の瓦のコラボの美しさ。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
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四万温泉の起源を語る二つの伝説   「田村旅館」

ひとつは、平安時代の初期、征夷大将軍として蝦夷征伐に向かう坂上田村麻呂が、この地で入浴したことが始まりという説。
もうひとつは、永延3年(989年)、源頼光四天王の1人として勇名を轟かせていた、日向守碓井貞光による発見説。
碓井貞光が四万の地を訪れ野営したとき、夢の中で現れた童子が「私はこの山の神霊です。
あなたの読経の誠心に打たれたので、四万の病を治す霊泉を授けましょう」と言ったことにちなんで「四万温泉」となったというものです。
この湯は、四万最奥にある『御夢想之湯』と伝えられ、今もこんこんと湧き続けています。

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